ゆらゆら

 価値観の違い、というものを良く感じるようになった。
 高尾とは高校の3年間を文字通り「一緒に」過ごした。それこそ朝から晩まで視界に入る距離にお互いを置いているのが当たり前だったほどに。部活の相棒、最上級生になってからは加えて主将と副主将という関係も加わって、色々なことを話したと思う。話なんてしなくても一緒にコートに立てばわかることもたくさんあったが、緑間にしては珍しく、言葉というものをたくさん尽くしてきたと思う。決して器用なものではなかったが、緑間なりに。
 高尾は迷わない。
 そして緑間は迷う。
 おそらく端から見たら逆のように思われるのだろう。けれど緑間は周囲から思われるほど慈悲がないわけでも確固たる自身を持っているわけでもなく、ただ少し頭が良くバスケの才能があっただけの、どこにでもいる凡人だ。そう自分を評価するようになったのは、隣に高尾がいるからだろう。高校に入るまで、もっと言えば高尾と深く付き合うようになるまで、自分は迷わない人間だと思っていたのだ。
 緑間はすっかり手が止まってしまったレポートのファイルを上書き保存し、パソコンをスリープ状態にした。提出期限は3日後なので、一度寝かせてもきちんと間に合う。
 昨日、高尾と少しだけ話をした。真面目な話だ。
 高尾が大学を卒業するまであと2年、緑間は4年ある。表向き高校時代の相棒とルームシェア、ということになっているが、自分たちにとっては違うのだ。成人して、就職し、それでも一緒にいるとなると家族にはいずれ話さなくてはならないのではないかと思っている。あるいはお互い行き来できる距離に引越し、一人暮らしということにするか。緑間は少なくとも自分が大学を出てからはそうすべきだと思っていたのだ。いつまでもルームシェアを続けているよりは家族も心配しないだろうし、自分たちは会う機会こそ少し減るが、そのぐらいどうってことない問題に違いない。
 けれど高尾はなんでもない調子で「オレはこの生活を続けるつもりだけど?」と言った。
 緑間が5回生に進めば病院実習が始まる。今も解剖実習などで夜まで大学にいることがしばしばあるが、きっと今より学業で忙しくなるだろう。そんな状態で一人暮らしするなら、社会人1年目で忙しさはどっちもどっちかもしれないが、一緒にいたほうが生活は楽なはずだ。というのが高尾の言い分だった。もちろん一番の理由は「一緒にいたいから」である。それに、もし必要なら両親にふたりの関係を話すのはなんでもないことだ、とも言った。それでもし反対されようと勘当されようと、より大事なのはふたりでいられることだから、と。あまりに潔い。
 緑間は、出来れば両親に心配をかけたくないし、悲しませたくもない。高尾が親を大切にしていないと言いたいわけではない。高尾は家族とも妹ともとても仲が良いし、信頼されている。が、とにかく、誰も不幸せにならない方法があればそうしたいと思うのだ。それが無理だということはわかっていても、何か方法はないのだろうかと。
 年齢的には成人になってもまだ自分たちは親の扶養下にいる。半分子供だ。もちろんそんなことは言い訳に過ぎないのだけれど。レポートを書くときのようにきちんとプロセスがあって、その通りに進んでいけば結論が出る、という風にいかないのがどうにも歯がゆい。
「真ちゃんたっだいまー!」
 ぱたぱたと高尾が玄関から入ってくる。バイトが終わったのだろう。時計を見るともう深夜といっていい時間になっていて、緑間はその音を聞いて部屋から出た。
「おかえり」
「真ちゃんレポートどう? こんな時間だけどチョコ食べねえ?」
 なんか唐突に甘いもの食べたくなっちゃってさあ、と笑いながら高尾はコンビニのビニール袋から板チョコを取り出す。銀紙の端を破って一列だけチョコを割った高尾は、残りの半分以上を緑間に差し出した。鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開きに行った後ろ姿を眺めながら、緑間もチョコをひとかけ口に放り込む。外の温度のせいで少しやわらかくなっているチョコレートは口のなかでやわらかく溶け、甘くておいしい。