緑間君翻訳検定

「おっ、黒子じゃん」
「高尾君」
 マジバのカウンターでいつものシェイクを受け取ったところ、声を掛けてきたのは高尾君だった。いつもくっついている緑間君はどうやら今日は不在らしい。それにしても、高尾君の目はほんとうに凄い。ここのマジバには何年も通っているのに、いまだに注文しようと声を出した瞬間にレジのお姉さんに驚かれてしまうのだ。まあこういうのはアルバイトの人だろうから、定期的に入れ替わっているんだろうけれど。
「オレも一人なんだけど一緒してもいい?」
「構いませんよ。なんだか珍しいですね、高尾君が一人なんて」
「ええ? オレだって一人飯ぐらいするっつの」
 オレのことなんだと思ってんの、とからから笑う高尾君はまさにコミュ力の塊だ。
 いつだったか誠凛と秀徳が合同で練習したときだって、まったく話したことのなかったはずのうちの先輩たちとすぐに親しげに談笑していたのを思い出す。とてもじゃないが自分には真似できない。きっと高尾君はモテるに違いない。黄瀬君とは別のベクトルで。となればお付き合いする相手だって選り取り見取りだろうに、どうしてだか彼は緑間君にご執心らしい。それももう何年も。確かに緑間君はいい人ではあるが、やや性格に難ありなのはわざわざボクが指摘するまでもないことだ。
 どうせあの偏屈で素直じゃない緑間君のことだから、高尾君にだって日々あの厄介なツンデレを発揮しているに違いない。高尾君がいくら尽くすタイプだからって、あまりそんな態度ばかり取っているといつか捨てられますよ、なんて忠告をしたことだって実は過去に何度かある。だって高尾君に捨てられたら緑間君、生きていけないでしょうし。いくらツンデレがアイデンティティだといっても少しぐらい努力はすべきでしょう。
「……突然ですけど、高尾君、緑間君でいいんですか」
 テーブル席で向かい合ったまま、ダブルバーガーをもそもそ食べている高尾君にボクはそう切り出した。回りくどい会話をするのは面倒だ。特に高尾君相手だと。
 高尾君はもぐもぐと口の中身を飲み込むと、唇についたケチャップを拭って首を傾げた。
「どーいう意味? オレ真ちゃんのこと大好きだけど」
「まあ、君が緑間君のツンデレを理解し尽くしていることは知っていますが」
「不満じゃないのかって?」
「そういうことです」
 火神君も照れ屋さんですが、そういうことは案外きちんと言ってくれる人なので。
 嫌味のつもりも惚気のつもりもまったく、これっぽっちも、ちょっとしかない。頬を指先で擦りながら照れた表情を浮かべる火神君を思い出してたまらない気持ちになってしまった。火神君はなんて可愛い人なんだろう。あんなこと緑間君がしたって――想像しようとしたが、まったくイメージがわかなかった。
 緑間君ならせいぜい「ふん、せいぜいオレに尽くすのだよ」といったところでしょうか。ボクだったら言われた瞬間イグナイトだ。
「真ちゃんはねー、まあ、うん、好きって言われたことない……いや二回ぐらいはあるぜ」
「二回ですか」
「うん二回。多分な」
 半分ほど残っていたハンバーガーを口の中に収め、高尾君はポテトを食べ始めた。差し出されたので一本だけ頂くことにする。バニラシェイクで口の中が甘くなっていたところだったので、塩気を強く感じる。おいしい。
 それにしても高尾君は、最新のエコカーもびっくりの超低燃費体質なんだろうか。二回。彼らが付き合いだしたのは確かもう数年ほど前ではなかっただろうか。
 高尾君はテーブルに肘をついて黙々とポテトをつまんでいる。暫く何か考えこむようにして、それからおもむろに口を開いた。
「これ誰にも内緒にして欲しいんだけどさ〜、特に真ちゃんには」
「はい」
「真ちゃんの“ありがとう”は好きだよって意味で、“すまない”って言ったらありがとうって意味なんだよね」
「はい?」
 緑間君はついに日本語まで話せなくなっていたのか。そんなボクの驚きを他所に、高尾君は照れくさそうに笑いながら「ま、オレの勝手な解釈だから勘違い説もあるけど」と付け足した。
 まあ、高尾君がそう言うならきっとそうなのだろう。というかさらりと惚気返されてしまった。
「ちなみに、最後にありがとうと言われたのは?」
「んー、先週の木曜日かな。ラッキーアイテムがかぎ編みレースだったから前日からかけて作ってあげたんだよね。ぴょん吉の耳飾りにもなるようなやつ」
「……そうですか」

 *

「……黒子」
「緑間君」
 マジバのカウンターでいつものシェイクを受け取ったところ、声を掛けてきたのは緑間君だった。なんだかデジャヴを感じる。ついこの間、まるで同じようなことがあったばかりだ。
「……何でボクに気付いたんですか」
「レジの店員さんが驚いた声を上げていただろう」
「ああ、なるほど」
 ほどよくミスディレクションし、けれど店員さんにはしっかり気付いてもらえる具合に気配をなんとか調節したい。ボクはそう思いながら、半ば諦めた気持ちで先日と同じテーブル席についた。向かいには緑間君が座っている。
「で? 高尾君のことでしょう」
「……っな、なにを突然……! いや、しかし、その」
 図星を突かれてどもりだした緑間君を観察しながらバニラシェイクを啜った。これだけはいつもボクの味方で、やっぱりとてもおいしい。
 勝手にツンデレを発揮された挙句、高尾にどうしてもきちんと好きだと伝えてやれないのだ、というなんとも無意味な相談をされたボクは「せいぜい捨てられないように頑張ってくださいね」と素気無く言って席を立った。既に緑間君のそれは充分伝わってますよ、と教えてやるのはなんだか癪だ。
 それに高尾君と約束しましたしね。内緒だって。