お酒に弱い高尾君

「ただいまあ!」

 玄関から同居人の帰宅を告げる声が聞こえ、緑間が顔を上げると時刻はもう日付を跨いだ後だった。明日は土曜日で休みだから構わないが、飲み会のあとの高尾の帰りは相変わらず遅い。この時間になるということは、帰りに乗ってきた電車は終電だったのだろう。
「おかえり」
「真ちゃんまだ起きてた〜! やったーちょっと付き合ってよ」
「お前の飲み会は本当に本末転倒だな」
「んー……ま、それでも楽しいっちゃ楽しいんだけどね」
 テーブルの上にコンビニの白いビニール袋を置いた高尾は、脱いだジャケットを放り投げると台所へ向かう。緑間は袋の中にビールが3本とおしるこの缶が入っているのを確認する。おしるこは緑間のぶんで、ビールはおそらく3本とも高尾の分であるはずだ。
 緑間の方は授業の他にも課されるレポートや各々研究で忙しいせいか、学科でもサークルでも飲み会が行われる頻度は高くない。さすがに付き合いというものを少しずつ覚えている緑間ではあるが、面倒だと思えば断るし、今のところ別段そのことで人間関係に亀裂が入るという事態にはなっていないので気楽なものだ。
 ところが高尾のほうはそうではないらしい。というより、これは緑間の推測だが、高尾はおそらく顔が広すぎるのだ。だから掛かる声も多い。高尾は場を盛り上げるのがうまいし、いてくれるとなんとなく安心する、そういう存在感をもった男だからだ。そりゃあ引く手あまたにもなるだろう。
 ――などと思っているのは、高尾にはないしょの話だ。
 そうこうしているうちに台所から戻ってきた高尾は、つまみを作ってきたらしい。さっと茹でたもやしにキムチの素とごま油と塩と、あとはごまとか海苔とか適当なものをまぶして混ぜただけのお手軽料理(高尾談)らしい。もやしをどのぐらい茹でるのか、緑間は知らない。あまりキムチの素がかかっていない部分を手渡された箸ですくって口に運んでみたが、それでもやっぱり少し辛かった。緑間はおしるこを一口飲んで口の中を相殺する。それを見て高尾はおかしそうに笑った。
「さーって、飲み直すぞ〜」
「飲み会は何時までだったんだ?」
「いちおーお開きになったのは10時過ぎだったんだけど、先輩が酔いつぶれちゃってさあ。放っといて何かあったら寝覚め悪いし送ってきたんだよね」
 一番まともに意識あったの俺だし、と言いながらビールを煽った高尾は、ごくごくと思い切り喉を鳴らして幸せそうに息を吐いた。まったくご苦労なことだ。
 盛り上げ役兼まわりの面倒も見てしまっているらしい高尾は、実はアルコールにめっぽう弱い体質をしている。緑間は真逆で、ほとんどザルというより枠だな、と先輩に呆れられたこともある。自分が酒を飲めるようになるまで気に留めたこともなかったが、両親とも静かに話をしながら淡々と飲み続けるタイプの人たちなのである。その遺伝子が見事に受け継がれている。ところが緑間の味覚はどちらかというと甘いものを好んでいるので、結果たいして酔わない酒よりも、おしるこやジュースのような味のするチューハイが好きなのである。ビールが好きなのにたくさん飲めない高尾と、出来るなら体質を交換してやりたいものだ。
「あ〜……真ちゃん、しんちゃーん」
 うふふ、と面白いこともないのに笑いながら肩にもたれ掛かってくる高尾を好きにさせてやる。弱いくせに一気に飲むから回るんだ、と咎める必要は、家の中なのでない。
 こんなに弱い高尾がいつも酔っぱらい回収役に徹することになっているのは、ほとんど酒を飲んでいないからなのだ。最初は周りに合わせてビールを飲むことが多いが、そのあとはずっと烏龍茶にしているらしい。それで回避できるものなのか、と以前緑間が尋ねたところ、店員さんと仲良くなっとくと楽なんだよと高尾は言った。つまり、酒を飲んでいるていを装っているというわけだ。そこまでするなら飲み会に行く意味がないのではないか、と緑間は腑に落ちないが、それとこれとは別らしい。別に酔っていなくても一緒に騒ぐのは楽しいし、なにより高尾は酔っ払ってしまうことが嫌いなのだという。
「酔って記憶飛ぶのもやだし、ぐでぐでになってると自分じゃないみたいでだらしがないし、そういうところを人に見られるのはいやだ」
 というのが高尾の言い分だ。
 そういうわけで、酔うほど酒を飲むのは家の中限定のことなのだ。高尾にしては結構なペースで飲んでいるようで、すでに2つ目の缶があけられていた。頬がぼんやりと赤らんでいる。
 高尾はおちゃらけているようでプライドが高い。自分のダメなところを人に見せたがらないのは高校時代からそうで、どんなに厳しい練習だって、どれだけ足がガタガタになろうと最後まで食らいついていたのを思い出す。逆に言えば本当に限界まで意地を張るということなので、緑間はやきもきもした。下に妹がいる環境で育ったのも、そんな性格に少しは関係しているのかもしれない。
「しんちゃんさー、しんちゃんさ」
「なんだ?」
「なーんでもなーい」
 もやしをつつきながら高尾はふわふわした口調で緑間を呼ぶ。いつもなら鬱陶しいぞと小突いてやるだが、こういう時は例外だ。
 酔っぱらいのあしらいは中々面倒なことだが、相手が高尾であるなら話は別だ。なにより、こんなふうになっている高尾を見ることができるのは自分だけだというのは気分がいい。正確にはアルコールを飲めるようになってすぐ一度失敗した結果のスタンスなので厳密には自分だけではないが、とりあえずそれは緑間にとっても高尾にとってもノーカウントだ。
「あ、そーいえばうちの学食のひがわりで出てた混ぜご飯がうまくてさー、今度まねして作ってやっからな。真ちゃんおしるこおいしい? そんで教授がさあ……」
 いつもより少しゆるいテンポで話される内容はまるで言葉を覚えたての子供みたいに支離滅裂で、それが可愛いなんて思ってしまうからどうしようもない。
 それに、ほんの少し、羨ましいと思う。緑間も酒によわい体質だったら、同じように酔っ払って普段は言わないようなことをたくさん高尾に言えるかもしれない。高尾にだけならダメなところを見せても構わないと思ってはいるのに、なかなかそうできないのは緑間もそれなりにプライドがあるからだ。かっこわるいところは見せたくないし、いつだって高尾が目標にしていたという「緑間真太郎」でいたいのだ。とっくに二人の関係が変わっていて、間を繋いでいるものがバスケだけではないのだとしても。
「あーもー、しんちゃん大好きだよぉ」
「そうか」
「うん、そーなの……」
 頬杖をついた高尾の声が本格的に眠そうになってきたので、そろそろベッドに寝かせてやったほうがいいだろう。後ろから両腕を回して立ち上がらせると、緑間は自分の部屋のベッドに高尾を連れていった。服のまま寝転がしてやって、とりあえずベルトをゆるめてやる。
 それから机の上に並べられた空き缶たちを、台所で一度さっと水で流してからゴミ袋に入れる。最後の一本はまだ半分ほど中身が残っていたので、それは緑間が飲んでしまった。どうせとっておいてもしょうがない。少し冷たさを失ったビールはやっぱり苦味ばかりが強く感じられて、緑間はおしるこのほうが好きだ、と思った。


 *


 緑間が部屋に戻ると、台所の片付けには数分もかかっていないというのに高尾はほとんど眠りについていた。
 だらしなく横になり、すうすうと呼吸を繰り返している。まだ本格的に眠りに落ちていないのは、そのリズムが眠っている時のそれより少し早いことから窺い知れた。そのまま布団でくるんで抱きしめて眠るのも悪くないのだが、あいにく緑間はそれほど無欲なわけではない。とりわけ今日は、わざわざ帰りを待っていたうえ酒の相手までしてやったのだ(どちらにせよ付き合ってやっただろうが、気持ちの問題だ)。
 膝のあたりまでジーンズをずり下ろすと、無抵抗な足を片方ずつ持ち上げて丁寧に抜き取った。高尾は触れられる感触に気付き目を開いていたが、ほとんどぼうっとした様子で緑間を眺めている。上半身を抱き起こしながらTシャツを剥ぎ取るのは骨が折れそうだったので、起きているなら自分で脱ぐよう指示すると、高尾は緩慢な動作で大人しく従った。アルコールのせいか首周りの血色がよくなって、ほんのり赤らんでいる。
「高尾」
 んん、と喉を鳴らして返事をした高尾は、既に下着一枚を残すのみだ。
 緑間はしばし考えこんでから、やや湿り気を帯びた息を吐く唇に口付けを落とした。性急に事を進めても多分今なら文句は言われないだろうが、こういうのはやはり手順というものが大切に違いない。唇の表面を舌でなぞって離れると、ろくな反応も返さないくせに高尾は唇を突き出して続きを強請った。子供がするみたいに色気のない差し出し方だったが、それだって緑間にとってはかわいい仕草に他ならない。
「しんちゃあん……」
 唇を構ってやってから、辿るように顎から首、鎖骨、と順番に唇を這わせていく。普段より少し体温の高い肌は高尾のにおいがいつもより鮮明だ。皮膚すべてあますところのないように触れていくと、緑間の肩にゆるく手を置かれる。その手だって温かい。
 いつもなら恥ずかしがってさせてくれないところまで、たっぷり時間をかけて味わう。酔うとすぐ眠くなってしまう高尾は、どうやらアルコールが入ると感覚が鈍くなる体質らしい。いつもなら緑間がさわるとすぐに大袈裟なほど身体を震わせ、緊張と羞恥の入り混じった目を向けてくるのに、今は全てされるがままになっている。
 鎖骨を辿って肩の頂点にたどり着くと、緑間はそこに噛み付いて浅い歯形をつけた。その少し下、脇に差し掛かるところに吸い付いて鬱血痕を残す。
「んん、くすぐったいよ……真ちゃん、ぅあ、」
 外気に触れて少し反応を見せていた乳首に唾液を塗りたくって、胸のまんなか、心臓のあるあたり、脇腹、へそのくぼみ、気の赴くままに味わう。それでも大人しく、ほんの少しずつ身体を震わせるだけの高尾はまるでお人形さんだ。普段はよく喋ってくるくる表情が変わる奴なので、尚更そう感じさせる。
 ずっと肌を舐め続けていると、口の中が乾いてきた。けれど一旦唇を離すとすぐに唾液が湧いてきて、緑間はごくりと喉を鳴らした。
 高尾が身に着けているグレーの下着は前が少し隆起していた。布地の上からそこを食む。唇に力を込めて銜えたり、少し歯を当ててみたり、舌を押し付けてみたり。緑間の唾液を吸いこんで布地が濃く色を変えるころには、高尾のものもすっかり勃起していた。窮屈そうに下着を押し上げる様子に満足した緑間の性器だって、まだ乱してもいない服の中でとっくに張り詰めている。
 膝のあたりまで下着を下ろしてやって、緑間はやっと対面した高尾のペニスを口に含んだ。これだって普段は恥ずかしがって、あまりしつこくさせてくれない行為の一つだ。さすがに高尾も抵抗を試みたようだったが、膝のあたりで絡まった下着と伸し掛かった緑間の身体のせいでせいぜい身動き程度しか取ることができないだろう。しらふの時なら蹴り飛ばすぐらい造作もないことだろうが、ふにゃふにゃしている高尾はとてもかわいい。緑間は何度目か解らない「かわいい」を口の中で飲み込んだ。
「んっ、あ、あー……、ふ、あ」
 筋の部分に舌を当てるようにしながら、ぬるぬると緩慢なペースで顔を上下させる。根本近くまで飲み込んで、カリのあたりを唇で締め付けるように引いてやると高尾の腰が震えた。敢えて緩急をつけず、じっくりゆっくり高めてやる。
 けらけらとよく笑いよく喋るその口が、今は堪え切れずにだらしなく嬌声を漏らしているのがたまらない。
 びくりと跳ねる膝は身体で押さえ込んだまま、緑間は頬の内側のやわこい部分を使ってペニスの先に刺激を加えた。高尾の指が緑間の髪に絡んだが、引き離すでもなく押し付けるでもなくただ与える快楽にふるえている。
「……ふ、真ちゃん、やだ……、出る、っ、うー……っ」
「我慢出来るか?」
 むり、と返事をする声は上ずってほとんど吐息のようだ。どこまでも焦らして堪えさせて、それから射精するほうが気持ちいいはずだ。が、今の高尾にそれを乞うのは酷かもしれない。
 脈打っているペニスを深く吸い上げる。太腿の筋肉にぎゅっと力が篭ったのと同時、頭の上で高尾が息を呑む音が聞こえた。ぶるりと大きく震えてから弛緩し、含んだままのペニスが熱を弾けさせるように精液を吐き出した。びくつきながら数度飛沫を零すのを口内で受け止め、半端に残った分まで吸ってやってから緑間は顔を浮かせる。さすがに息苦しく、空気を吸い込もうと唇を開くとねちゃりと高尾も吐き出したものが音を立てた。
 浅い呼吸を繰り返している高尾は今度こそ眠ってしまいそうだった。ただでさえ射精したあとは気だるくなるのだから、今は相当なのだろう。
 高尾の出したものを一息で飲み込んだ緑間は、自身の前を寛げがちがちに勃起している性器を取り出した。緑間の唾液に濡れて、既に萎んでいる高尾のものに先を押し付け数度扱く。それだけで高尾の身体をいじっている間じゅう我慢していた欲は呆気無く弾け、吐き出した精液がそこをべったりと汚した。
 挿入までしたいかと問われればもちろん答えはイエスだが、さすがにそこまで無理強いする気は緑間にない。ひとまず今は、こうやって好き勝手身体を弄ることを許されている、というだけで満足だった。他の誰にも見せない姿だと知っているから尚更だ。それに、これだけでもきっと明日の朝しらふに戻った高尾は恥ずかしがって怒るだろう。この身体の奥まで潜り込んで味わうのはそれからでも遅くないのだ。
 緑間は深く息を吐いて下衣を整えると、高尾の身体を拭ってやるためのタオルを取りに立ち上がった。