ただ君を愛してるのさ

「相談があるのだが」
 食後のくつろぎタイムもそこそこに真ちゃんが改まって言ったので、俺は「はいなんですか」と居住まいを正した。
 いわく、最近になって同棲を始めたはいいものの、食の好みがなかなか噛み合わなくて困っているカップルがいるそうだ。彼女は甘党で、片や彼氏のほうはかなりの辛党だ。外で食事をする時はたいてい別々に物を頼むことができるし、どちらかの部屋に行き来していた頃は毎日ではなかったので上手くやってこられた。けれど一緒に住むとなると話は別で、休日などは三食すべてを共にするようになるわけだ。そうなるとこれまでお互いうまく合わせていたつもりだった好みの部分が、どうにもうまく噛み合わなくなってきて困っているのだという。
 まるで俺たちの話みたいだね、真ちゃん。
 と、まっさきに思い浮かんだ感想がそれだったのは致し方ないはずだ。一つだけ訂正するならば、まあ、俺たちの場合は甘党なのが彼氏のほう、ってところぐらいで。そもそも俺も真ちゃんもれっきとした男であって、俺は彼女ではないのだけれど。


 真ちゃんは度々こういった「相談」を持ち帰ってくるようになった。
 そりゃあそろそろ恋愛なんて酸いも甘いも経験して、身を固めようかなー、なんて思い始めるのもおかしくない年齢に差し掛かろうとしているわけだ、俺たちも。
 けれど運命の出会いなんてそうそう頻繁に転がっていないし、新しい出会いってやつを喉から手が出るほど欲してしまう年頃である。独り身の者にとってはかなり切実な問題なのである。そんなわけでやれ紹介だの合コンだの、その手の誘いはそう珍しいことではない。数合わせのために俺だってしばしば付き合って、場を盛り上げてみたりもするのだ。俺はもうすでに真ちゃんという運命の相手がいるので、特に新しい出会いは求めていないのだけれど。
 そしてそんな状況なのは当然同い年である真ちゃんもおなじなのである。おまけに真ちゃんときたら生真面目でちゃらちゃらした様子なんてこれっぽっちも見せない、このご時世貴重とも言えるほどお硬い性格をしている。だから世話焼きな性分の人から見れば、「こいつどうにかしてやらないと」なんて心配をされてしまうというわけだ。俺だって高校で出会った頃、真ちゃんに対して抱いていた気持ちはそんなものだったと思う。面白いけど心配で、俺がなんとかしてやらないと、みたいな。
 というわけで度々かけられる合コンのお誘いを、俺とは違って真ちゃんは綺麗に全て断っていた。
 そんなことが暫く続いて、いい加減参加をせっつかれるのが面倒になった真ちゃんは、「高校時代から付き合っている相手がいるから」と素直に宣言したらしい。高校時代から、ずっと同じ相手と。

 それからどういうわけか、真ちゃんにはときどき恋愛相談が持ち込まれるようになった、というわけだ。
 高校の頃からずっと同じ相手と付き合っている、というインパクトはなかなか強いらしい。それも真ちゃんが。そんなわけで「結婚できなさそうな男ナンバーワン」から、今じゃすっかり「包容力もあって優しい相談相手ナンバーワン」の座にのし上がったらしい。真ちゃんから聞いたときはそりゃもうおかしすぎて笑いが止まらなかった。けれどこういう話を盛るような奴ではないし、至って真面目に「俺には包容力というやつがあったんだろうか?」なんて言い出したから実際あったことなのだろう。
 出会った頃から振り回されっぱなしの俺としては「包容力」という言葉に全力で首を傾げたいところだったが、まあ、そこは妥協して突っ込まないでおこうと思う。ついでに結婚できなさそうな男ナンバーワンは、これまでもこれからもぶっちぎり確定なのでそこも謝っておこう。だって相手は俺だもんね。
「そんなん、まんま俺たちなんだし実体験でも答えとけばいいんじゃねーの?」
「俺たちは食の好みで揉めたことはほとんどないだろう」
「まあ、そこは高尾ちゃんの努力の賜物っていうか?」
「……不満があったのか?」
 真ちゃんがほんの少し心配そうな声色になったので、俺はなんとなく愉快な気持ちになって首を横に振ってやった。
「ちげーよ。真ちゃんが美味しそうにしてたら俺は嬉しいから、それでいいの」
「明日はキムチ鍋にしてもいいのだよ」
「別にそういうつもりじゃねーけど。でも久々だしそうしよっかな!」
 隣に座っている真ちゃんに抱きついてぐりぐり額を押し付けると、ややあって息を吐いた真ちゃんの両腕が同じように俺に巻き付いた。結構頑張って牛乳を飲んだつもりだったけれど、残念なことに俺と真ちゃんの身長差はあまり縮まっていない。だからこうされると俺のほうが抱き込まれているような形になってしまうのが、今でも実はすこし残念だったりする。俺だって真ちゃんのことをすっぽり抱きしめてあげてやりたいのに。
「まあ、本当に愛してれば大抵のことはうまくいくってもんじゃねーの?」
「なるほど。そう言っておく」
「これが包容力ってやつだかんな」
「包容されているのはお前のほうだが」
「誰が上手いこと言えっつったよ! くそー、俺だってあと20センチでかければ……」
 あるいは真ちゃんがもう30センチぐらい小さければ、と思ってそれはそれで可愛いだろうなと思う。まあ195センチもあるかっこいい真ちゃんだって俺は大好きだから、これっぽっちも問題はないのだが。
「これで身長まで大きかったらお前の包容力がカンストするだろう」
 だからこのままでいい、なんて壮絶なデレっぷりをかましてくれやがるので、俺は今日も明日も真ちゃんを甘やかしてしまうというわけだ。周囲が思っているよりずっと甘えたがりで、だめなところもいっぱいあって、持ち込まれている恋愛相談を俺に横流ししているずるい真ちゃんのことを。