ふたりで過ごす夜

 例年より早い梅雨入りのニュースで騒がれていたはずだったのに、ここ数日の天気はまったく梅雨らしくない。

 まるで夏を先取りしたような暑さに早くもバテてしまいそうで、帰りのコンビニでアイスを買うのがすっかり日課になってしまった。体力は確実に落ちている。学生時代、どうしてあんな蒸し風呂のような体育館を駆けまわっていられたのか、今となってはさっぱりわからない。といいつつストバスに誘われればついつい全力を出してしまうので、バスケ馬鹿なのはもはや遺伝子に刻み込まれているレベルに違いない。

 日課になりつつあるアイスを、今日は2つ購入していた。
 ひとつは夏の風物詩チョコミント、もうひとつは抹茶だ。うちの近くのコンビニでは残念ながらあずき味のアイスは置いてないので、真ちゃんは仕方ないから妥協してやる、といったていで抹茶カップアイスのふたを開けた。暑い日は質より量派なので、100円で買えるやつだ。だいいち俺の金で買ってやってるんだから文句なんて言わせない。
 高くておいしいやつは、冬にこたつでぬくぬくしながら食べるのが一番おいしい。
 高校の頃から俺は何度もそう提唱してきたが、その「高くておいしい」アイスを食べ慣れていた真ちゃんはいつもよくわからないと言っていた。懐かしい話だ。今では冬にこたつでアイスを一緒に嗜んでくれるのだから、時の流れの偉大さを俺はアイスのスプーンと一緒に噛み締めた。
「アイスのスプーンってさ、あれに似てるよな。小児科でよく喉に突っ込まれるやつ」
 コンビニでつけてくれるスプーンは木でできているものだ。ふつうのスプーンを使うとアイスの温度でひんやりしてしまうので、家で食べるとしても俺は毎回もらってきてしまう。エコじゃないと真ちゃんは言うけれど、スーパーのビニール袋とこれとはまったくの別問題だ。
「舌圧子のことか」
「ぜつあつし? っつーの? なんか金属でちょうどこんな形の……」
「そうだ。というか成人にも普通に使うし、木製のもある」
「ふーん。俺病院なんて健康診断ぐらいでしか行かねーからな」
「健康で結構なのだよ」
 満足気に言いながら抹茶アイスを口に運ぶ真ちゃんは、傍から見ればまるで共食いをしているみたいだ。アイスよりも真ちゃんの髪の毛や虹彩のほうがきれいな色をしているけれど。
 暑いからアイスを食べているのに、ソファに並んで座ったままお互い凭れあっている。触れ合った身体の横側があっつい。が、真ちゃんも離れる気はないらしいところがかわいいと思う。そろそろクーラーの中を綺麗にしておかなくては。万一掃除を怠って冷房をいれたらカビ臭い、なんてことになったら真ちゃんはきっとしばらく家にきてくれないだろう。
「俺ガキの頃あれ大っ嫌いでさあ、病院いくたびギャン泣きしてた。おえってなるじゃん」
「それは嘔吐反射といって正しい反応なのだよ」
「いやー、それにしたってもっとこう……優しくして欲しかったっつーか」
 子供の頃はしょっちゅう風邪をこじらせていて、実家のそばにある病院によくつれていかれたものだった。おじいちゃん先生が一人でやっているところだったが、今思えば近所の子供はだいたいそこにかかっていた。ぶっきらぼうで厳しかったが、病院で先生に診てもらうといつもすぐに具合がよくなったのを覚えている。それでもあの舌を押さえつけられる感触は思い出したくないが。
 そのうち俺はバスケを初めて、子供ながらに体力がついてくると風邪を引くことも滅多になくなった。
 高校に入る頃にはその先生も亡くなってしまって、いまその小さな病院があったところは何になっているのだったか。駐車場かコンビニか、思い出そうとしても咄嗟には出てこない。
「しかしそれも子供の頃の話だろう」
「多分今もあれは苦手だと思うけどなー、健康は大事にしとこっと」
「今はむしろ得意だろう、お前は」
 当たり前のように手渡された空っぽのカップを受け取って、自分のぶんと一緒にゴミ箱に放り込みながら俺は首を傾げた。つい今しがたまで病院の話をしていたはずだけれど。真ちゃんの方を振り返ると意味ありげな視線を向けられていて、これは何かろくでもないことだ、と俺は即座に直感する。
「……お前いまの下ネタかよ! ちょっと意味考えちゃったじゃん!」
「そう突っ込まれると悪いことをした気分になる。もっと頭の回転を早くしろ」
「いやいやいや!」
 結構真面目な話をしていたと思っていたのは俺だけだったのか。
 出会った頃はそれこそ「真面目」を具現化したようだった真ちゃんも、性格が柔らかくなったのか俺と一緒にいることに慣れたのか、いつのまにか人並みに冗談も言うようになった。毛嫌いしそうな下ネタだって言う。ただし相手は俺に限るのだが。どちらかといえば面白おかしく生きていきたい俺はそんな真ちゃんも大歓迎だし大好きだが、未だにちょっとぎょっとするときはある。
 だって今も昔も、真ちゃんの纏うオーラはいつだってぴっちりしていて、生真面目そうなのだ。顔のつくりと表情のせいもあるかもしれない。もっとも、そんなもの所詮「イメージ」でしかないのは身を持って知っているのだが。
「ったくもー、真ちゃん欲求不満なわけ? しゃぶったげよっか?」
「お前はすぐそう下品なことを……」
「ええ、そういう話にしたの真ちゃんじゃん! いーよ、ちょっと久々だし」
 いそいそと真ちゃんの足元に座り込んでやると、両脇に手を入れられ引っ張り上げられる。そのままくっついた唇は抹茶の味がした。きっと真ちゃんからしてみたら、俺はチョコミントの味がするんだろう。真ちゃんはミントがそんなに好きじゃないはずだから、ちょっとだけいい気味だ。
 おざなりなキスを終え今度こそ足の間に腰を下ろして、触れた部分はすでに兆しを見せていた。真ちゃんはやっぱりむっつりだ。
 オナニーなんてしませんみたいな顔をしているくせに、真ちゃんの性欲は人並みか、人よりちょっと強いぐらいにある。それを知っているのは世界中で俺だけだ(きっと真ちゃんは浮気や二股ができるほど器用じゃないし、信頼している)と思うと、存分に満足させてやらねばという奉仕心が湧いてくる。俺はいつだって真ちゃんの要望に答えてあげたいのだ。
 パンツの上からすりすりと撫でているうちに、だんだん窮屈になっていくのがとてもかわいい。あんまりパンパンになってしまうと窮屈でかわいそうだし、さっさと前を開いて下着の中から出してあげた。何度もどころか何百回以上も見ているものなのに、真ちゃんにもちゃんとちんこがついてて興奮すると勃起するんだな、なんてしみじみ思ってしまうのは内緒である。
「いっただきまーす」
「っ、はしたないのだよ高尾、」
 むにむにと指先でいじくってから口の中に招き入れたそれは、ついさっきまでアイスを食べていたせいかいつもより熱く感じてしまう。まだ半勃ちぐらいなのに。舌で亀頭をくすぐってやるとあっというまに固さを増していく。
 どうせならアイスを食べるのは後にすればよかった、と思ったがそれこそ後の祭りだ。真ちゃんに尽くすのはもちろん嫌いじゃないが、やっぱり男の性器を口に招き入れるということに抵抗がないわけじゃない。とろとろになるまで身体中撫でられて、わけがわからなくなっているうちに勢いのまましゃぶってしまうことが多いのはひとまず棚に上げておく。ああいうときは変なアドレナリンが出ているからノーカウントだ。
 すっかり勃起したものをできるだけ深くくわえこんで、唇に力をいれながら引きぬいていく。歯を立てないようにしなくちゃいけないから、ずっとこうするのは顎が疲れる。けれど視線を上げれば真ちゃんが気持ちよさそうな顔を晒してくれているから、もうちょっと頑張ろう、と何度も思ってしまう。
「しんちゃん、どお?」
「…………気持ちいい、のだよ」
「そ?」
 ここで気持よくないのだよ、なんてツンデレを発揮してしまうほど、真ちゃんはもう子供じゃない。
 恥ずかしがって思ってもいないことをぽんぽん口にしてしまった頃の真ちゃんももちろんかわいかったけどね、と誰にともなくフォローを入れて、俺はできるだけ根元まで口の中に収めようと顔を伏せた。
「んっ、」
 深く咥え込んだところで、真ちゃんの両手が後頭部に添えられる。添えられる、というより押さえつける、だ。ついさっき苦手だという話をした喉の奥のほうで、舌をぐっと押さえつけられるような状態でとめられて俺はえづきそうになるのをなんとか我慢した。
「高尾、動いてもいいか」
「んんー、んーん」
 ほとんど発音できないままいいよ、と答える。真ちゃんは座っていたソファから腰を浮かせて、俺は床に膝をつく体勢になった。大きな手で頭を掴まれたまま、真ちゃんがゆっくり腰を引く。口の中を埋めていたものがぬるりと唾液で滑るように出て行く。ふっ、と息を吸い込むのとほとんど同時にやや乱暴に押し入られて、俺は「ん」と喉を鳴らした。
 世間一般の男がどうだか知らないが、イラマチオするのにいちいち許可を取ってくる律儀なやつは真ちゃんぐらいじゃないだろうか。今だって俺が本当に苦しくないか伺ってくるのが向けられた視線でわかってしまう。
 早くもっと夢中になればいいのに、と嚥下する要領で喉を締めてやる。びく、と震えるものは本人より正直だ。見上げる目で笑ってやると、真ちゃんは若干バツの悪そうな顔をして腰を揺らし始めた。
「んっ、ン……、ふ、う……っ」
 真ちゃんのすっかりガチガチになっているちんこが、俺の頬の内側や上顎のざらついた部分を次第に無遠慮に擦っては出て行く。息を吸い込もうとすると噎せてしまうから、なるべく短く真ちゃんにあわせて呼吸する。我ながらうまくなったものだと思う。それでもやっぱり苦しさはどうしようもなくて、視界は涙の膜でうっすらとぼやけている。
 口の中に苦味を含んだものが塗りたくられる。何度口にしたって精液はまずい。でも真ちゃんが俺の頭をがっちり掴んでいるから逃げられない。
 中に出されるのか、それとも顔に掛けられるのか。髪の毛に精子がつくとなかなか落ちなくて大変なことになるから、まずくても口に出してほしいな、とぼんやり思った。全裸のときなら身体に掛けてくれてもいい。真ちゃんが射精するところを見るのも好きだから。
「っは、…………っう、あ、高尾……」
「んー……っ」
 出されるときは唐突で、舌の上にねばついた精液を吐き出される。びく、びく、と何度か震えるのにあわせて舌に感じる精液はやっぱり生臭くてまずかった。慣れてるとはいえ、この味ばかりはどうしてもおいしいとは思えない。
 芯を持ったままの真ちゃんの先っぽに吸い付いてから、やっと緩んだ手から開放され俺は口元を手の甲で拭った。それから意を決して、えいっとばかりに精液を飲み干す。ティッシュに吐き出しても真ちゃんは怒らないかもしれないけれど、飲まれたほうがうれしいならそうしてあげたい、というのがコイビト心ってやつだ。それに真ちゃんだって、口でしてくれるときはだいたい飲んでくれるし。
「ふ、はあー……」
「大丈夫か?」
「ん、へーき。それより続き、してくれるんっしょ?」
 結構冷静でいたつもりだったのに、全身の感覚が戻ってくると途端に身体がうずうずしているのを感じてしまう。真ちゃんはとてもやさしいから、今日はちょっと乱暴にしてほしいな、なんて。
 真ちゃんに抱き上げられて、今度は俺がソファの上に乗り上げる姿勢になる。言わずとも心得ているのだよ、と言わんばかりの真ちゃんに思わず吹き出しそうになりながら、俺は服を脱がされるのをおとなしく待つことにした。額に汗が滲む。何度目、だなんて改めて数えることも辞めてしまった夏はもうすぐそこに迫っている。