とっかえっこ

(宮高前提の高宮です)


「へぁ!?」
 びっくりしすぎて声が裏返った。拍子に思わず後ずさって後手をついた場所はベッドのふちギリギリで、がくん、と落下しそうになるのをなんとか堪える。ベッドから逆さまに落っこちるなんて格好が悪すぎる。しかもこのタイミングで。慌てて体勢を立て直すとスプリングがギシリときしむ音を立てて、なんだか居たたまれなくなってしまった。
 だって、宮地さんがまさかあっさり「いいよ」って言うなんて、これっぽっちも想像してなかったのだ。
「……なんだよ」
「いやー、てっきり先輩権限で拒否するかと……」
「お前がしたいって言うならするしかないだろ。セックスすんのに先輩後輩関係ないし」
 宮地さんはそう言いながらおもむろにシャツを脱ぎ捨て、まるきり恥じらうことなくその上裸を晒す。そーゆーとこマジ男前っすね、と敢えて茶化す口調でおどけてみると、動揺なんてお見通しだと言わんばかりに容赦無くデコピンが入れられた。
 たまには交換してみませんか、と言ってみたのはほとんど出来心のようなものだった。交換といっても、洋服とかバスケのポジションとかの話ではもちろんない。ベッドの上でのことだ。宮地さんとこういうことをするような間柄になって――平たくいえば付き合うようになって、特に定めたわけではないけれどセックスするときに抱かれるのはいつも俺のほうだったから。だけど別に、そのことに不満があるわけじゃあない。男同士で好き合ってしまった以上どちらかがそうしないといけないのは仕方のないことだし、だったらそうなるのは俺のほうが適任だった、それだけのことだった。それに、宮地さんは口は悪いけど優しいし頼り甲斐もあるし、抱かれるのだって気持ちがいい。もっとも最初からそう感じられるわけでは当然なかったけれど。
「にしても、思い切り良すぎじゃないすか?」
「お前いつもめちゃくちゃ気持ちよさそうにイくし、そこまで抵抗ないっつーか」
「……! そっ、れは、宮地さんのせい、って言うか……」
 ぶわあ、と顔に熱が集まるのが解ってものすごく恥ずかしい。こういうことをしれっと言ってのけるから宮地さんはやっかいだ、と思った直後、してやったりといった様子でニヤニヤ笑われて俺は思わず歯噛みした。わざとか!
たった二つばかりしか離れていないのに、本当にたちが悪い人だ。
 本当にいいんですか、いいよ、じゃあちょっとだけ、ちょっとって何だよ、と適当な会話を繋ぎつつ俺もシャツを脱いで、宮地さんのベルトに手を掛けた。前を開いて下着の中からまだやわいそれを引っ張りだして口に含む。唾液をためてぬるぬるにした口の中で宮地さんのが大きくなっていくのは、苦しいけれどものすごく興奮するのだ。
「ほい」
「あ、どうも」
 完全に勃起させてから顔を離すと、ローションのボトルが手渡される。キャップをひねって手のひらに出すと、思ったよりべとべとしていてびっくりした。いつもこうやって使うのは宮地さんの方だから知らなかった。
 手のひらに絞り出したそれを温めている間に、宮地さんはさっさと脱ぎかけの下衣もベッドの下に放り投げてしまう。そこでいよいよやっと、ほんの少し怖気ついていた俺も覚悟を決めた。上手く出来るかどうかなんて関係ない、というか宮地さんに散々仕込まれて出来ないはずがないじゃん、と思う。なんだって開き直りが大事だ。
「……なあこれうつ伏せじゃダメか?」
「ダメでーす。俺だっていつもこうされてるじゃないっすか」
「……なんつーか、なかなか恥ずかしいなこれ」
「あは、でしょ?」
 仰向けに寝転がって足を広げるのは、言い方は悪いけれどまるでひっくり返されたカエルみたいで恥ずかしいものだ。俺はもう慣れたけど、最初は死ぬかと思うほど恥ずかしかったのを思い出して、宮地さんはいまあの時の俺と同じ気分なのかと思うとなんだかおかしかった。あの宮地さんがまな板に乗っけられた鯉みたいになってるなんて。
 たっぷり濡らした指で触れると、宮地さんは「うわー」と意味もなく声を上げた。ローションのおかげで一本は難なく入れることに成功して、ひとまずほっとした。痛がられるのはいやだった。
「いや……なんかもうマジか……ちょ、動かすな、気持ちわりいっ」
「ちょっと我慢してください」
「…………」
 こくこくと首を縦に振りながら、宮地さんは両腕で顔を覆ってしまった。とりあえず本気で嫌がっていないことを確認してから、俺は指先で中を探った。ちゃあんと気持ちいい場所があることは心得ているので、そこをどうにかして探してあげたい。
 ぶっちゃけたところ、尻の中なんてただの臓器に過ぎないし、本当に宮地さんは俺とセックスしていて気持ちいいんだろうか、と思うところもあった。でもいざ自分で触れてみて納得する。思ったよりも熱くて狭くて、力が込められる度にぎゅうっと締まる感触は指先で感じるだけでも充分気持ちがいいものだった。
 いつもどうされているか思い出しながら、指を軽く折り曲げて内壁を探る。ちょっと強すぎるぐらいに指の腹を押し付けて少しずつ場所を変えていく。
「……っ!」
「あ、」
 少し膨れた場所に指が届いた途端、ぶる、と宮地さんが身体を震わせた。顔を覆っていた手を離して、びっくりした様子でこっちを見てくる目はすこし赤らんでいる。
「宮地さんここ気持ちいいでしょ?」
「ちょ、……たか、高尾! 待て待て、っうわ、あ……っ、」
「ダイジョーブ宮地さん仕込みなんで。気持ちよくしたげますって」
 宮地さんの上ずった声なんて初めて聞いたかもしれない。ごくりと生唾を飲み込みながら見つけた場所をしきりに引っ掻いてやると宮地さんは泣きそうな声を噛み殺しきれずに、犬が服従するときみたいな「くうん」という声を何度も漏らした。
 指を二本に増やしても痛がる様子はなく、蕩けそうな声で名前を呼ばれた瞬間、背筋がぞくぞくと痺れるような快感が走る。
「やばい宮地さんかわいい……」
「うっせ、……お前あとで絶対シメる……っ」
「もう締めてるじゃないっすか。ほら」
「っ殺す……!」
 うるんだ瞳とふにゃふにゃになった声で殺すって言われても迫力なんてかけらもない。もしかして宮地さんこういう素質があるんじゃないだろうか。普段気が強い人に限ってマゾっ気が、なんて話をどこかで聞いたことがあったようななかったような。どっちでもいいんだけど。
 しつこくそこを指の腹で撫でくりまわしていると、宮地さんの発する言葉は次第に意味のない単語の羅列か掠れた喘ぎ声に変わっていった。すごい。身を捩って逃げようとするのは体重を掛けて押しとどめる。だんだん浅くなっていく呼吸を聞きながら、ああいまむちゃくちゃ気持ちいいんだろうな、と思うと俺までつられて興奮してしまう。
 前をいじってる時だったらとっくにイってる、って限界を超えたところまで気持ちよくなって、それでも終わらなくてわけがわからなくなって、それから首の後ろがぴりぴり痺れるみたいになるんだ――いつも与えられる快楽を一度思い出してしまうと留まるところを知らず、まだズボンすら脱いでいないのに腹の奥がむずむずする。このまま宮地さんに突っ込んで揺さぶって気持ちよがるところを見たい気持ちもあるし、いつもみたいにガチガチになったもので擦って欲しくもある。俺が二人いればいいのに、と心から思ったのは生まれて初めてかもしれない。
「み、宮地さん、イきたい?」
「……っ、う、あ……、あっ、ん、んん……」
 後頭部をシーツにこすりつけるようにしながらなんども頷いて、宮地さんはぎゅっと目を瞑った。先走りでぬるついた性器をそっと手のひらに包む。一度も萎えることなくずしりと重みを伝えてくるそれを擦りながら中を弄る手も止めずに追い詰めると、ほどなくしてゆるく宮地さんの背中が反り返って、びしゃ、と手に精液が打ち付けられた。ぶる、と大袈裟なほど震えながら離さないといわんばかりに俺の指を締め付けて、余韻に浸る瞳からこめかみに涙が伝う。宮地さんかわいい、と何度目かの感想を口にすると、うっせえと力なく怒られた。
「みーやーじーさん」
 くったり弛緩した身体にのしかかってキスをした。俺より宮地さんの舌のほうがあっつくて、夢中になって吸い上げる。
 しばらくそうしていると、背中に回った宮地さんの手がするすると背筋を撫で下ろして、履いたままのズボンの上から尻を撫でる。それだけで半端に燻っていた熱がぶり返して、思わず漏れそうになる声を押し殺した。くちびるを離した宮地さんは深く息をつきながら目を開けて、一瞬虚をつかれた顔をしてからぷっと吹き出す。
「……おま、なんつー顔してんだバカ」
「へっ?」
「むちゃくちゃ物欲しそうな顔してる自覚ねーの?」
 ぐるん、とあっというまに体勢を入れ替えられて、気付いたら宮地さんの向こう側に天井が見えている。ついさっきまではしたなく喘いでいたくせに、宮地さんは期待しちゃってる俺を見てくつくつ笑いながら「お返ししてやらなきゃな」と舌なめずりした。