タイムカプセル

「それマジなやつ?」
「大マジっす」
 そうか、とため息のように白い息を吐き出しながら、先輩はもこもこに巻いたマフラーに口元を埋めた。赤い手編みのマフラーを巻き、耳あてはアイボリー色の、女子がしているみたいなふわっふわのやつを身につけた、身長190センチ越えのバスケ部員。言葉にするとなんだかおぞましい存在のような気がするけれど、実際隣を歩いている先輩は、そんな格好ですら似合ってしまう人なのだ。惚れた欲目を差し引いても、彼は一般的に「かわいい」あるいは「童顔」であると形容される顔立ちをしている。中身は真逆だが、そこもいい。
「タイムカプセルって埋めなかったか?」
「タイムカプセル?」
「そう、小学校の卒業ん時とか。まあ実際に埋めるんじゃなくて、確かオレらのやつは担任の家に保管されてんだけど……」
「オレはやらなかったっすね」
 二十歳になったら同窓会をやって、そのときに皆で集まろうってことになってるんだけど、と宮地は手袋をはめた両手を擦り合わせながら話を続けた。まだそこまでがっちり防寒するには少し早すぎる時期だが、彼は人一倍寒がりなのだという。冬風にさらされた鼻先がほんのり赤らんでいる。
「オレさあ、そのタイムカプセルん中にラブレター入れたんだよなあ……」
「えっ、宮地サンが!? ラブレター!?」
「……殺すぞオメー」
「すんませんっ」
 ぶくく、と笑うのを堪えつつ制服のポケットに両手を突っ込んだ。目の前の人があまりにも寒い寒いと繰り返すので、なんだかこっちまで寒くなってきてしまったのだ。
 続きを待っていると、マジなやつなんだよな? ともう一度確認された。自分はそんなに冗談ばかり言っているように思われているんだろうか。それはそれで気楽でいいし思惑通りではあるのだけれど、この人にそう思われているのはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心外だ。
「で、まあ、オレは未だにその内容を覚えてるし、いま覚えてるってことはタイムカプセルをあけるときも忘れてないだろうってことだよ」
「タイムカプセルの意味がなかったって?」
「そ。だから当たって砕けた方がマシってこと」
「……ちなみにそのカノジョは、」
「中学ン時は別の奴と付き合ってた。高校は別々だからもうわかんねーけど」
 ああガラでもねえ話したら余計寒くなってきた責任取れ、と普段よりやや覇気のない声で詰られたので、自販機であたたかいミルクティを二本買って片方を手渡した。今も好きなんですか、と尋ねると、三年以上会ってないのに好きも嫌いもあるわけないだろ、とすこし湿った声で返される。好きでも嫌いでもないけど、言い残しちまったからなんとなく忘れられないだけだ。言いながら赤らんだ鼻先にアルミ缶を当て、じんじんする、と彼は温まったせいでますます白さを増した息を長く吐いた。
 いい加減残りの時間はそう多くない。三年生は年末のウインターカップで引退し、冬休み明けにはもう一、二年だけの新体制に切り替え無くてはならないのだ。
 彼に諦めろと言われたら諦めよう、そう決めていた。「好きな人がいて、でもたとえ告白してもうまくいく見込みは限りなく0パーセント、諦めるが吉、……宮地サンだったらどうします?」。なんとなく、彼は諦めない方を選ぶんじゃないか、とは思っていた。だって先輩はどこまでも真っ直ぐで真面目で、まさに努力を体現したような人だから。
 二つ先の三叉路で彼は右へ、俺は左へ別れる。そこまで残りおおよそ二十五メートルだ。退路を断ったのは自分だけれど、でも、言わずにずっと想い続けるのも悪くないんじゃないか、と俺はほんの少しだけ思うのだ。